乳頭温泉朝霧と湯けむりの里
2025-07-08


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フェリーは予定より30分早く、静かに秋田港へ滑り込んだ。まだ朝の5時。角館までは車でおよそ90分。空いた時間をどう過ごすかとAIに尋ねると、角館温泉が朝7時から朝風呂を開いているとの答えが返ってきた。早朝の町並み散策という案も提示されたが、武家屋敷の黒塀だけを外から眺めても興がないので、朝風呂を選ぶ。ところがこの湯、やたらと熱い。腕時計の温度計では44度。多少高めに出るのけど43度はあろう。足だけ浸けていても、じきに額から汗が噴き出す。風呂上がりにロビーで休もうとしたが、ここにはエアコンがない。汗まみれになり、せっかくの湯浴みも台無しだ。やむなく冷房の効いた脱衣所に戻り、しばし汗が引くのを待つ。

国道沿いの駐車場に500円払って受付のおばちゃんに所要時間を聞く。「ぐるっと回って2時間くらい」とのこと。まだ朝9時前、100台は入りそうな広い駐車場も、停まっているのはわずか。まずは石黒家、次に青柳家、そして河原田家と三軒をめぐる。どれも同じような構えで、秋田だけに“飽きた”とつぶやきたくなる。館内ではスタッフが10分ほどかけて説明してくれるところもあるのだが、どこも定型のセリフばかりでつまらない。せっかくの対面説明なのに、自動音声ガイドのような真面目口上では興ざめする。「他の屋敷を見た方はどこも同じと思ってないか?」とか、「京都人に向かって“小京都”と説明されても微妙か」など、ちょっとしたユーモアなど会話の引き出しがほしい。青柳家の小田野直武と平賀源内との関係には興味を惹かれた。『解体新書』の挿絵を手がけた直武と、その才を見出した源内。たしかに面白い話ではあるが、それも青柳家の親戚という少々こじつけ気味の縁ではある。どこを見ても武家屋敷は武家屋敷。重厚な構えに違いはないのだが、三軒目でお腹いっぱい。どこも500円の入館料だが、打ち止めとした。

気を取り直して、本日の主目的・乳頭温泉へ向かう前に、田沢湖畔に立つタツ子像をドローンで撮影しようと立ち寄った。だが、使用しているDJIのリモコンアプリが録画開始と同時にクラッシュしてしまう。以前にも起きた不具合で、アプリの再インストールで一時的に回復したが、今回も調子が悪い。タツ子像は、田沢湖のほとりに静かに立つ金色の女性像である。伝説によれば、辰子という美しい娘が永遠の若さを願い、仏に祈った末に霊水を飲み、龍となって湖の主になったという。その深さ423メートルの湖は、まさに龍の住むにふさわしい深淵である。像は1968年、彫刻家・舟越保武によって制作された。青銅製に金箔を施されたその姿は、永遠の美と人間の欲望、そして自然との調和を象徴すると言われるが、実際には駒ヶ岳を背に、金ピカの裸婦像が静かに立っている――というのが率直な印象だ。

そして旅の締めくくりは、温泉ファンの聖地とも称される乳頭温泉・鶴の湯。乳頭温泉郷最古の湯宿であり、約380年の歴史を誇る。伝説によれば、傷を負った鶴が湯に浸かって癒やされたことからこの温泉が見つかり、「鶴の湯」と呼ばれるようになったという。藩主・佐竹義隆も湯治に訪れた記録があり、彼専用の「本陣」は今なお現存している。ここでは白濁の硫黄泉をはじめ、複数の源泉が楽しめる。茅葺き屋根の建物に囲まれた風情ある露天風呂は、温泉マニアならずとも心躍る光景だ。ちなみに「乳頭温泉」という名は、乳白色の湯の色に由来するわけではなく、近くにある“乳房の形”をした乳頭山から来ているという。

湯はややぬるめで、長湯にはちょうど良い。身体の芯からじんわりと温まる。明日は男鹿半島でキャンプの予定だが、「クマが出た」との話もちらほら。湯宿の人に聞けば、「そこらじゅうに出るから、気にしても仕方がない」とあっさり。旅先の不安も、こうして少し和らぐ。湯けむりと歴史の余韻に包まれながら、秋田の旅は続く。
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